2015年3月16日、東大農学部で全国獣医学生の3,4,5年生を対象にした講義のビデオを収録しました。タイトルは「人獣共通感染症と新しい獣医師の役割」です。獣医の学生さんが学外のインターンシップで実践的な獣医学を学ぶ前に事前学習するものです。VPcampという文科省支援のプロクラムの一環です。ビデオは獣医学生でパスワードがないと見られませんが、VPcampの紹介は以下のアドレスで見られます。http://www.vetintern.jp/

 

 

2014920日(土)、千葉科学大学の第4回オープンキャンパスが行われました。今回は個々の学部訪問の前に、危機管理の一環として15分間の時間をいただき、いま話題となっているデング熱とエボラ出血熱に関して解説することになりました。

 短時間でこれらの感染症の特徴、感染の拡大と課題、対策等を説明することは、簡単ではありません。何故感染が拡大したのか?どのようになっていくのか?予断を許しませんが、こうした事態が突発的でなく、ある意味で想定内であるという観点からスライドにまとめました。

 

 デング熱ウイルスはヒトとサル類に感染します。かつて森林でサル類と蚊で循環していたウイルスが、途上国の都市化に伴い、人口増加とインフラの伴わない環境で都市に定着・増殖し、ヒトと蚊の間で循環するようになり、爆発的な流行を引き起こしました。

 デング熱ウイルスはフラビウイルス科に属し、黄熱ウイルス、日本脳炎ウイルス、ウエストナイルウイルスなどと近縁のウイルスです。

 現在、デング熱は熱帯では普通に見られるウイルス感染症です。東南アジア、中南米、西太平洋地域のおよそ120か国に常在しています。推定、年間39千万人が感染し、9600万人が発症するというような報告もあります。国際交流の増加や、温暖化により、ヒトの行き来や蚊の生息域の拡大の結果、流行地域が拡大し、アフリカ、中近東、南アジアにも流行が拡大しています。日本の近くではフィリピン、台湾、中国南部でも流行が起きています。

 デング熱は一過性の熱性疾患です。ウイルスに感染しても5070%の人は、ウイルス血症を起こしますが、無症状の不顕性感染で耐過します。約15%の人が軽度の症状を示し、5%は重症化するといわれています。発症までの潜伏期は3~14日(通常は4日から7日)です。発熱(40℃以上の高熱)、頭痛(目の奥の痛み)、筋肉痛、関節痛、皮膚の発疹、点状出血などが見られます。しかし、これらはデング熱だけの特徴とは言えないので、診断は上記の臨床症状に加えウイルス分離、あるいはPCRによる遺伝子検出、抗体価の上昇などにより確定します。治療は対症療法が主体です。

 他方、デング出血熱は血漿漏出、血小板減少、出血を引き起こし、デングショック症候群に発展し、出血性ショックを起こします。デングウイルスには4つの血清型があります。デングウイルスの初感染は一過性で軽度の症状で済みますが、別の血清型のウイルスに再感染するとデング出血熱やデングショック症候群のように重症化することがあります。

 その機構はまだ解明されていません。抗体依存性の感染増強(ADE)が考えられています。

抗原の破壊に関与しない抗体とウイルスが弱く結合することで、貪食により細胞に取り込まれたウイルスが白血球内の別の区画に誤って運ばれることが原因ではないかと考えられています。こうした現象は、鶏のガンボロ病(伝染性ファブリキウス嚢病)等でも知られています。

 日本ではこれまでにもデング熱の流行がありました。古くは明治36年に麻布歩兵第一連帯で起きました。大正4年に沖縄で、昭和6年沖縄で大流行し、鹿児島に拡大しました。昭和8年のケースでは、和歌山市の工場で沖縄出身の女工員から感染が拡大し、35人が発症したという記録があります。

 最大の流行は昭和17年、18年のケースで推定20万人が発症したといわれています。公式には17554人(長崎13323人、沖縄1985人、兵庫1357人、大阪795人、鹿児島92人)が記録されています。昭和18年には神戸市で流行し422名が発症しました。長崎でも流行しました。この時期は第二次大戦中で、南方との人的、物的交流が盛んであったこと、内地の空襲対策として戸別に防火用水槽を持ち、その結果、蚊の増殖を助けたこと、殺虫剤・防虫薬などの衛生医薬品が不足していたこと等、デング熱の発生、流行の素地がありました。

 戦後、デング熱の流行はありませんでした。感染症法で届出疾患になってから、2001年~2009年まで、50100例のデング熱発症者が報告されています。これらはいずれも海外で感染し、帰国後発症したケースです。2010年以後は2011年を除き、200例以上の患者さんが出ています(いずれも海外感染)。

 2014年、約70年ぶりに国内感染者が見つかりました。8月中旬が初発患者で、917日現在131名の発症例が報告されています。ほとんどは8月中旬から下旬に代々木公園及びその近隣地域で、蚊に刺されています。しかし、この地域に行かなかったケースも報告され始めています。

 デングウイルスの伝播様式を考えてみると、通常ヒトからヒトへの直接感染は起こりません(ウイルス血症患者さんからの輸血、血液製剤、臓器移植は例外です)。必ず、蚊が媒介する必要があります。またサル類は感染しますが、主な自然宿主はヒトです。日本脳炎のブタやウエストナイル熱のカラスのように、中間でウイルスを強烈に増幅する動物はいません。動物でウイルスが増幅される感染症のコントロールは困難です。その点、デング熱の場合、感染をコントロールするのは比較的容易といえます。

 ウイルス血症は発熱期(発症後45日まで)に起こります。不顕性感染でもウイルス血症を起こし、感染源となる事例もあります。ウイルス血症のヒトから蚊(♀)が産卵のために吸血すると、蚊の腸細胞にウイルスが感染し、ウイルスは他の組織に広がり、吸血から810日後にウイルスが唾液腺に達します。この時、ヒトを吸血するとウイルスを伝播することになります。たった一刺しでも感染が起こります。

 従って、ウイルス血症の人から血を吸って、約10日後、次の人にうつして、発症するのに45日とすると、1回の循環に2週間かかります。初発例が8月中旬ですから、感染は7月末から8月はじめに起こったと考えられます。

 成虫のヒトスジシマカの寿命は約1か月です。一度血を吸うと、産卵するまで血はすいません。吸血後次の産卵まで3日としても、1匹の蚊が生存中にヒトにうつす回数は約10回(10人)くらいです。しかし、感染者の1人がウイルス血症を起こしている時期に、公園で1日に2030匹の蚊に刺されれば、拡大は、この10倍の数になります。公園に来た機会が1日でなく2~3日であれば、さらに増えることになります。9月下旬の現在でも、ウイルス陽性の蚊が見つかる事を考えると、8月中旬に以降に、新たにヒトと蚊でウイルスが循環した可能性も考えられます。

 しかし、ヒトスジシマカは待機型の蚊なので生息域は50100mで、それ以上は広がりません。ウイルスの拡散は、感染者による2次感染か、何かの条件で蚊が生きたまま運ばれるか?別の侵入ルートか?いろいろ考えられます。デングウイルス感染の統御は、ウイルス保有蚊の撲滅(繁殖スポットの消毒)、ウイルス血症者と蚊の接触の阻止。情報公開と教育・啓蒙になります。疫学調査の経路で34週間、新規の患者さんがなければ、その経路でのウイルス循環は終息したと考えられます。

 最後に、最近のデング熱へのワクチン、抗ウイルス薬、蚊の生態への介入について説明します。デングウイルスには、現在まで、認可されたワクチンはありません。しかし、デング出血熱を防ぐために、4つの血清型すべてに効くデングワクチンの開発が進んでいます。デング・黄熱ウイルスキメラワクチンで、4種類の血清型のキメラワクチンを混合した4価ワクチンです。第3相の臨床試験中です。抗ウイルス薬としては、NS5遺伝子のRNA複製酵素の阻害薬(ヌクレオシド類似体)、NS3遺伝子のウイルス蛋白消化酵素の阻害薬、ウイルスの侵入阻害薬などです。蚊の生態への介入では、致死性遺伝子を組み込んだ♂蚊を開発し、ブラジルで有効性を試しています。またカリフォルニア大の研究チームは飛べない遺伝子組換え♀蚊を作成し、メキシコで実験を開始しています。


 エボラウイルスはマールブルグ病ウイルスとともにフィロウイルス科に属しています。マールブルグ病ウイルスが1株なのに対し、エボラウイルスはアフリカに4種類(ザイール株、スーダン株、アイボリーコースト(タイフォレスト)株、ブンディブギョ株)、アジアに1株(レストン株)存在します。

 1976年にスーダン(死亡率53%)、ザイール(死亡率88%)で流行したのが最初で、その後、77年ザイール、79年スーダン、94年アイボリーコースト(チンパンジーからの感染)、ガボン、95年コンゴ、96年ガボン(南アの1例を含む)で発生しています。エボラ出血熱の流行は、94年のアイボリーコースト以外は、すべて中央アフリカの国々です。70年代に4回、80年代には流行がなく、90年代に4回流行しています。致死率はザイール株が高く、スーダン株、タイフォレスト株の順です。

 流行の傾向は、2000年以後に変化します。中央アフリカがホットスポットである点は変わりませんが、ほぼ毎年どこかで流行が起こるようになり、流行規模も比較的大きくなりました。村で起こっていた流行が、より人口の大きな地域で起こるようになったためと思われます。また、2007年に、ウガンダで新しいエボラウイルス株の流行が起こりました。ブンディブギョ株(致死率36%以下)はザイール株(8090%)、スーダン株(5055%)よりは致死率は高くありませんでした。

 今回のエボラ出血熱は、これまでの流行とは異なり、①中央アフリカでなく西アフリカで起こりました(ギニア、シエラレオーネ、リベリア)。ギニアから始まり(323WHO発表)、シエラレオーネ、リベリアと拡大しました。近隣のナイジェリア、セネガルでも少数例ですが、エボラ出血熱が出ています。②今回の流行は、規模がけた違いに大きい。都市を巻き込んだ流行になっているためと思われます。③医療従事者が巻き込まれるケースが多い(240名以上発症、120名以上死亡)。原因として、初めての大流行で、中央アフリカ地域と異なり、医療側がエボラ出血熱に慣れていない、住民のエボラ出血熱に対する知識も低い、ラッサ熱など類似の感染症があり、初期の鑑別が難しい、などが考えられます。917日現在の発症者が約4400人、死亡者が2400人です。国際的な支援が進んでいますが、まだ流行が終息する様子は見られません。

 また、8月にはコンゴ民主共和国でエボラ出血熱が発生しました。スーダン株ですが、今回の西アフリカのスーダン株とは異なり、1995年に流行した株に近いようです。


 フィロウイルスの自然宿主は、オオコウモリと考えられています(蝙蝠と感染症については、コウモリ(翼手目)と感染症、に紹介してあります、http://www.ayyoshi.com)。現在まで、マールブルグ病の宿主がエジプトルーセットオオコウモリ、レストンエボラウイルスの宿主がジュフロワルーセットオオコウモリ、ザイールエボラウイルスの宿主が、ウマヅラコウモリ、フランケオナシケンショウコウモリ、コクビワフルーツコウモリ、エジプトルーセットオオコウモリと言われています。それぞれのオオコウモリの生息地域は異なっているようです。

 中央アフリカには、ウマヅラコウモリ、フランケオナシケンショウコウモリが主に生息しており、西アフリカにはコクビワフルーツコウモリ、フランケオナシケンショウコウモリが生息しています。これらのコウモリの間でウイルスがどのように維持され、増減しているのか、病原体の生態学は、これまで全く分かっていません。

 エボラウイルスに対するワクチン、抗ウイルス薬、抗体の利用に関しては、以下の開発が行われています。米陸軍感染症研究所(USAMRIID)が、ウイルスの糖蛋白、M蛋白、N蛋白遺伝子を発現させ、混合コンポーネントワクチンを開発中(動物実験段階)。他に、カナダ、英国からワクチン候補の開発、臨床試験の予定が発表されています。またカナダの企業はL蛋白遺伝子発現を干渉するiRNAを開発中(臨床試験再開)です。

 ZMAPPという米国企業とUSAMRIIDの共同開発による、ウイルス糖蛋白に対するヒト型キメラ単クローン混合抗体(3種抗体)は、2名の感染者に投与されました。USAMRIIDは企業と合同で、RNA合成酵素阻害薬(核酸アナログ)も開発中です。

 しかし、感染症の制圧は基本的には政治問題であり、経済問題です。貧困や飢餓、戦争が続く限り、国際的な公衆衛生レベルの向上は望めません。各国・地域の文化の違い、国民性や生活・習慣の違いなど、多様性を認めたうえで、グローバルな感染症防御のための基準やシステムを構築し、国際的協力・協調が感染症制圧への道筋と言えます。

 


妻と作った人形。

娘の修学旅行の写真をもとにしました。

オリジナルの写真です

 

娘のドイツ時代のカーニバルの写真です。大家さんは子ネズミちゃん「モイスヒェン」といっていました。

下の人形は妻の作品です。

先日、妻の作品が創刊700号記念家庭画報大賞の佳作に入りました。

題「何して遊ぼう」です。