2017年10月6日「世界の獣医学教育の現状と課題」というタイトルで日本プレスセンターで講演しました。その時のスライドです。獣医学教育の体系、獣医学に対する社会ニーズ、国際的なニーズの変遷からはじめ、それに応える人材の養成をどのように行うか?国際的な獣医学教育の基準はどのようなものか?それに日本はどう応えるべきか?新しい獣医学教育とは?といった問題について講演しました。

 振返ってみると、情報のないメディアの方々にとっては、あまりに内容が多岐に渡りすぎたかと思います。1単位、8回分くらいの講義のエッセンスでしょうか?ちょっと無理がありすぎたかもしれません。しかし、当時、新設獣医学部を巡っては、国内事情が逼迫していて、メディアに現状の問題の背景を知ってもらいたいという思いが強かったのでしょう。

 

 2年振りに、講演した内容の原稿がとどきました。ホームページのこの項目は、爆発的ではないですが、毎日コンスタントにみられているようです。この原稿はさすがにプレス関係の方が纏めてくれただけあって、わかりやすいです。

       上の写真はOIEの獣医教育改善の国際会議の一幕です。

 振り返ってみると、獣医学教育体系のプレゼンが唐突のように見えます。21世紀の「持続的社会の確立」というテーマに獣医学がどのように関連するか?獣医学のディプロマ・ポリシーにも係わる問題です。数枚のスライドを追加しました。

 

 20世紀は驚異的に社会・文化が進みました。しかし、その分、種々の問題を産み出しました。20世紀を振り返ると、科学の驚異的な進展の結果は、決して20世紀初頭に考えたようにはなりませんでした。その進歩は必ずしも平和や幸福に結びつくとは限らなかったという点があります。また、経済活動の拡大や高度成長至上主義は自然破壊や格差の拡大を産む結果となりました。20世紀の人間中心主義、自己中心の一国主義は矛盾の拡大をまねきました。21世紀を迎えて、その目標(ゴール)は「持続可能な社会」の確立となり、克服すべき課題として、国際的な「環境保全」「感染症統御」「食料安定供給」があげられました。

 

 こうした課題のブレークスルーとして、「自然科学の立場から、ヒトはどこから来たのか?ヒトは何者か?ヒトはどこに行こうとしているのか?」というライフサイエンス(生命科学)の問いかけが、再び重要視されました。人類や人を敢えて「ヒト」とカタカナで書くのは、自然科学とくに生命科学の分野の使用法です。ヒトが特別で、動物とかけ離れた存在であるのではなく、地球という環境に置かれた生物の一種(ホモ・サピエンス)として見ようという考え方です。

 大学教育の中の獣医学というものを考えてみると特徴があります。大学教育は人文科学の文科I類の政治学、文科II類の経済学、文科III類の教育・哲学のいずれも、人間を中心とした、人間のための学問です。また、自然科学の理科I類の工学、理科II類の薬学、農学、理科III類の医学のいずれも、人間を中心とした人間のための学問です。

 しかし、理科II類の理学部は、宇宙物理学、量子力学、動植物学など必ずしも人間中心の学問ではありませんし、霊長類学は文系・理系を合わせた比較社会学です。獣医学もまた、比較動物学を基本に置く点で、ヒトと動物を同じ視点で考えます。獣医学は、ライフサイエンスの基礎研究という21世紀の課題を担える人材の養成に最も適している学問ではないかと思います。食料確保、感染症統御、環境保全のいずれもが獣医学にとって重要な課題です。

 

 獣医学の教育体系を概観してみると、動物個体の形態(器官、臓器、組織)とその機能の理解から始まります。進化の過程で動物(生物)の保有する機能形態の共通性は何か?また適応放散の結果として獲得した多様性、独自性は何か?ということを学びます。そして、正常な動物の比較生物学として、これらを教えるのが、組織学・解剖学、遺伝学・生理学、生化学などです。動物が異常を示す場合、その原因、機序を考えるのが病理学、感染症などの場合、病原体を明らかにするのが微生物学、寄生虫学です。他方、宿主の防御反応を解析するのが生体防御学、免疫学ということになります

 動物個体の病気の診断、予防・治療をするのが臨床獣医学(内科学:代謝病、アレルギー、老齢疾病学など、外科学:腫瘍学、骨・関節疾患、神経系疾患、循環器系疾患など、放射線・画像解析学、臨床行動学など)、治療のための医薬品の機序を知るのが薬理学、医薬品開発の有効性・安全性を確認するのが、実験動物学、毒性学です。

 伴侶動物(家庭動物)は、個別診療になりますが、鶏、豚、牛などの家畜は、群飼育になります(ニワトリでは鶏舎あたり数千~数万羽、養豚・肉牛飼育では数百~数千頭)。こうした群れを対象にする獣医学には、獣医疫学、動物(家畜)衛生学、家畜感染症学、家禽疾病学、魚病学、野生動物学などがあります。

 さらに、ヒトとのかかわりでは、公衆衛生学、環境衛生学、食品衛生学、人獣共通感染症学等があります。また、動物を含め生命を扱う科学として、生命倫理学、動物福祉学、科学倫理学及び、獣医学と社会との関係における獣医法規などが必須の科目になります。

 

 これらの科目群をディプロマポリシー(国内外の獣医師へのニーズ)に基づいて、カテゴリーに分けると大きく、3つの分野に分かれます。①ライフサイエンス研究分野、公共獣医事分野、獣医臨床分野です。

 ①ライフサイエンス分野は、獣医学の特徴である動物個体の特性を生かした、基礎生命科学研究領域です。ニーズの高いヒトの創薬研究などでは、トランスレーショナル・リサーチ(遺伝子や細胞を用いた基礎研究の成果を、動物個体を用いて検証し、臨床研究に発展させる研究、すなわち基礎研究と臨床研究との間に、実験動物等の高等哺乳類を用いる研究)を取り入れることにより、効率的な医薬品開発が期待されています。

 ヒトを含め、比較動物科学に基づく、ワクチン、診断薬、疾病予防・治療薬等の開発に寄与する研究分野といえます。

 

 ②公共獣医事分野は、近年、獣医の職域として国際的にもニーズが高くなっている分野です。国際社会のグローバル化が進み、容易に国境を越えてヒトや動物、物資の交流が盛んになりました。その結果、家畜越境感染症や人獣共通感染症が増加し、それに対応する感染症の発生防止、蔓延防止、再発防止策等の危機管理体制の確立が求められています。

 また、途上国の人口増加に対応する食料安定供給(食の安全保障)、畜水産品の品質・食の安全性確保、環境保全等が、この分野の喫緊の課題です。

 

 ③獣医臨床分野では、米国などでも医獣連携獣医療が求められています。ヒトが超高齢社会に突入し、また伴侶動物の長寿命化が進んだため、生活習慣病、加齢性疾患や慢性感染症などが多発し、ヒト医療と伴侶動物医療に共通した新しい問題となりつつあります。

 ワン・メディシン(一つの医療)と言われるように、医療と獣医療の予防・診断・治療のツールやゴールは同一になりつつあります。ヒトと共通の生活環境で過ごす動物は伴侶動物だけです。この分野は、ヒトと同様の疾病構造を持つ自然発症伴侶動物を用いて、医学部と連携し、有用な医薬品や新規医療技術開発の臨床評価研究を進める領域といえます。

 

 国際的なレベル、広い学問領域での獣医学教育の役割、人材養成に対するニーズ、獣医学の教育体系(カリキュラムポリシー)について簡単に概説しました。現状の把握と将来の展望に関連して、国内外の獣医学教育を取り巻く環境の変遷を見てみたいと思います。

 

 ここで、獣医学に関連する3分野について、約半世紀の変遷を国際的レベルで見てみましょう。ライフサイエンス研究は、この50年間に驚異的なスピードで進みました。分かりやすい例として、半世紀のノーベル賞の生理学・医学賞の受賞研究を見てみましょう。

 赤文字は受賞研究のうち動物実験をもとに研究を進めたものです。紫色は日本の受賞者です。こうしてみると、ほとんどすべての研究が動物をもちいた実験に依存していることが明らかです。

 ライフサイエンス研究は、生化学から分子生物学、遺伝子工学、ゲノム科学、ポストゲノム科学へと急速に進みました。私は大学院生時代(1970年代)に、初めてDNAを取ることを習いました。その後、蛋白質の精製・分析、ウイルス遺伝子の解析、トランスジェニックマウスの利用、メタゲノム解析など、目まぐるしくツールも技術も進みました。獣医の病理学から始めた学生が、わずか半世紀の間にここまでやることになるとは、想像もしませんでした。

 

 

 公共獣医事分野のニーズもライフサイエンス分野と同様、半世紀の間に大きく変わりました。21世紀の課題の1つは食料の安定供給(食の安全保障)です。途上国の人口増加は著しく、2025年には総人口が80億人に達するという予想があります。

 動物性蛋白質をどのように確保するかは、畜産獣医学の重要な問題です。2008年に210億頭の家畜が飼育され、60億人の人口を養っていました。畜産品は2010年の総生産が3億トン、2040年には5億トン必要と予想されています。食肉の増産のためには、飼養効率のいい家畜への転換、家畜衛生・動物福祉管理による新生仔死亡率の低下、家畜感染症防止が考えられています。いずれも獣医が責任を持つ分野です。

 

 しかし、国際獣疫事務局(OIE)が、国際的に統御が必要と掲げている主要な家畜感染症だけでも100種類近くあります。その中でも特に封じ込めの必要な危険な感染症(リストAの15種類)を見ても、口蹄疫や高病原性鳥インフルエンザの例を見るまでもなく、なかなか国際的には統御出来ません。我が国においても、海外伝染病であった高病原性鳥インフルエンザの侵入、口蹄疫の2度にわたる流行、BSEの侵入など島国の特性を生かした封じ込め策が通じなくなってきています。

 これらの感染症は、いつも地球上のどこかで流行を起こしており、いつ我が国に侵入してくるかは分かりません。普段のサーベイランス(疾病監視)と水際対策、侵入時の初動体制の整備が必要です。

 

 

 畜産と並んで重要な動物性蛋白質の供給源である漁業に対するニーズも高まっています。海産物消費量の推移で見ても、2010年が1.2億トン、2040年には1.6億トンが必要とされています。

 2011年には、養殖魚の生産が6600万トンで、牛肉の6300万トンを上回りました。海洋魚介類捕獲量と養殖魚介類量は、現状では、ほぼ同量です。しかし、今後は、養殖漁獲量が増加すると思われます。中国を始めアジアにおける魚介類の養殖は急速な伸びを示しています。畜産と同様、水産に関しても今後は獣医師の活躍が期待されています。

 

 

 ヒトの感染症も変わってきました。1959年に国連の世界保健機関(WHO)と食糧農業機関(FAO)の合同専門委員会が人獣共通感染症の定義を行ないました。当時、約130種類と言われた人獣共通感染症ですが、今では800種類ともいわれています。

 ここ、半世紀を見ても世界の脅威となった感染症の多くは、人獣共通感染症です。また、その多くは、野生動物からヒトへ、あるいは野生動物から家畜等を介してヒトへ、また吸血昆虫(ベクター)等を介してヒトに来るものです。ヒトに来る前の野生動物やベクターでの監視(サーベイランス)や統御は、重要な獣医の職責です。

 

 

 WHOは、1997年に新興感染症の定義をしました。この定義により過去20年間に30種類以上の新興感染症(emerging diseases)が出現したと報告しています。2000年に入ってからも、SARS(重症急性呼吸器症候群)、MERS(中東呼吸器症候群)、H1N1パンデミックインフルエンザ、西アフリカのエボラ出血熱、南米のジカ熱(最後の2つは再興感染症ともいえますが)などのウイルス感染症の流行が起きています。また、日本国内ではデング熱、SFTS(重症熱性血小板減少症候群)の流行がおきました。

 

 先進諸国では伴侶動物(コンパニオン・アニマル)の飼育が盛んになっています。米国ではイヌの飼育が8000万頭弱、ネコの飼育が8600万頭です。それぞれ44%、35%の家庭で飼育されています。米国の人口が3.2億人、伴侶動物の飼育数が1.6億匹ですから、その比率は、ほぼ2:1です。

 欧州においても状況は同様で、英国、フランス、ドイツでもイヌが500~850万頭、ネコが850~1100万頭です。約30~50%の家庭がペット(伴侶動物)を飼育しています。

 日本では2016年には、イヌが988万頭、ネコが985万頭飼育されていると報告されています。イヌの飼育家庭率は14.4%、ネコは10%です。

 

 伴侶動物の長寿命化は著しく、日本の場合、イヌでは1980年のデータで平均寿命が3.7歳、2008年には14.3歳と報告されています。ネコでは2000年が7.9歳、2015年が平均15歳というように長寿命化が進んでいます。

 直近のデータでは、2016年のイヌ全体の平均寿命が14.85歳(2015年は14.17歳)、ネコ全体の平均寿命が15.75歳(2015年は14.82歳)とまだ伸びています。

 これまで動物では見られなかった、加齢性疾患(肥満、糖尿病、認知症、老年性癌、白内障など)が、長寿命化した伴侶動物とヒトで問題となっています。

 

 

 日本国内での獣医学に対するニーズの変遷を纏めてみます。戦後の獣医師へのニーズとして、食料確保のための畜産振興支援から獣医学はスタートしました。そのため、家畜衛生や産業動物の個別診療技術の高度化が進みました。私の学生時代でも、学会の発表の多くは家畜等の産業動物に関するものがほとんどで、実験動物やペット動物(伴侶動物)に関する発表は稀でした。

 その後、生命科学(生化学、分子生物学、発生工学等)の著しい進展を受け、動物を個体として扱う基礎獣医学の発展が続きました。ゲノム科学の時代を迎えた現在でも、ライフサイエンス分野の基礎獣医学研究者に対するニーズは高いものがあります。

 高度経済成長を経て、核家族化や少子化が進行し、3世代家庭が崩壊し、ヒトの代替としてペット動物が伴侶動物として家族同様に扱われようになりました。そのため小動物高度獣医療技術の開発、導入が進み、獣医学生の就職希望のトップになりました。

 

 

 その後、飽食時代を迎え、消費者は健康ブームを反映し、食の安全性志向を強めました。そして獣医師に食の安全管理を求めました。2001年のBSE(牛海綿状脳症)の発生は安全神話の崩壊、「食品安全基本法」の制定へとつながり、内閣府に食品安全委員会が設置されました。BSE調査専門委員会をはじめ専門委員会の委員の約半数は獣医師という状況でスタートしました。国際貿易の拡大・食料自給率の低下は、この傾向を一層際立たせています。

 1999年に施行された「感染症法」に動物由来感染症が入れられました。1類から4類までの感染症のほとんどが動物由来感染症です。また、持続的な成長産業開発の一つとして期待されるライフサイエンス・イノベーションにも獣医師の活躍が期待されています。

 このように約半世紀の間に獣医師に対するニーズ、獣医師の職域は拡大の一途をたどっています新しい獣医学教育は、こうした状況に対応し、社会ニーズに応えられる新しい専門獣医師を養成する必要があります。

 

 

 今日の講演のメインテーマの1つである国際的な獣医学教育基準について紹介します。 

 獣医に関連する国際機関、組織は沢山あります。最も関連の強いものは世界動物保健機関(国際獣疫事務局:OIE)です。パリに本部を置く国際政府機関で約180カ国が政府代表を送っています。国連機関と違って、第一次世界大戦後の1924年に設立され、家畜の感染症統御を目的に出発しましたが、現在では世界貿易機関(WTO)とタイアップして動物性食品等の輸出入の安全基準も制定していますし、国連の世界保健機関(WHO)と共同で人獣共通感染症のコントロールの中心的役割を果たしています。また国連の世界食糧農業機関(FAO)と協力して食の安全保障(食料安定供給)の確立に努めています。このOIEが世界の獣医系大学に対して、獣医学教育のコア・カリキュラムを公表しました。

 

 

 OIEは、2009年10月に世界の獣医系大学の学部長、各国の行政獣医官を集め、「より安全な世界を形成するために進化する獣医学教育」をパリで開催しました。これが、OIEが獣医学教育に参画し、コア・カリキュラムを世界に示すきっかけでした。世界の獣医学教育の質を高め、動物感染症の制御、動物由来食品の安全性確保、野生動物保全、動物福祉などOIEの関連分野を中心に国際的通用性を持つ獣医学教育モデル・コア・カリキュラムを作成しました。その後、約2年間隔で国際会議を開催しています(2011年リヨン、2013年ブラジル、2016年バンコク)。

 バンコクで開催された第4回会議では、各地域におけるOIEが推奨する獣医学教育コア・カリキュラムの遂行状況、教育改善手法が紹介されました。

 

 OIEの前事務局長であるバーナード・バラは第1回の会議で、「より安全な世界を形成するために進化する獣医学教育」を構築する上では、基礎となる獣医師の教育(基礎教育、専門教育、卒後教育、社会人教育)の設定が重要であること。これからの新しい獣医学教育で育った人材は、公共獣医事(Veterinary Service)を担う者として、「政策の監視、疫学調査(サーベイランスの担い手)、情報ネットワーク構築、官民のつなぎ役(レギュラトリー科学者)」などの役割を果たすことが求められていることを強調しました。

 

 OIEの獣医学教育改善への提言の特徴(スタンス)は3つあります。

 第1は、「獣医師に必須とされる世界的に認知される適格性を得るための基本的技術と知識を包括するコア・カリキュラム」ですが、各地域・国はさらに対処すべき特別の必須事項、要件を抱えていると述べています。国際政府機関として、各地域・国の事情と多様性を認めています。

 第2は、OIEの立場から、家畜衛生、食品衛生、感染症統御、国際貿易、動物福祉、生物多様性など提示されているカリキュラム内容は主に公共獣医事に関する内容である点です。

 第3は、欧州や米国の獣医学教育基準と違って、獣医学教育の質の保証の基準に国際的な調和を求めている点です。地域や国において獣医師の登録、認定、モニタリング手順の不一致、法定獣医組織に対する法令の差、獣医組織機関が存在しない等の地域差や格差を意識し、獣医師の教育評価に既存の教育評価手順・方法も適用することとしています。

 

 OIEは、研究・試験・教育にOIE基準と3R(人道的動物実験に必要な削減reduction、代替replacement、洗練refinement)原則に従った動物実験(生きている動物の継続的活用)を支持しています。ただし、適切な管理、獣医師の監督を条件にしています。

 また各国の獣医法定組織に対し「OIEのモデル・コア・カリキュラムを修了した獣医師のみを採用し、国の獣医事組織の品質を向上させる」ことを奨励しています。

 カリキュラムとしては、動物衛生、獣医疫学、人獣共通感染症、食の安全、食の安全保障、家畜生産、経済と貿易、動物獣医療、動物福祉、生物多様性、基礎科学分野などが挙げられています。

 

 

 モデル・コア・カリキュラムの運営については、リスク分析に含まれるリスクコミュケーション(素人用語で情報伝達出来ること)などの重要性、遠隔教育、獣医師の地域偏在解消、総合参加型臨床実習の実施などについても書かれています。

 その他、OIEを始め関連機関の役割として、「獣医活動(ライフサイエンス研究、公共獣医事、獣医臨床)の重要性について市民の認識がどれだけ改善したか?を調査する」こと、「獣医教育への資金援助の必要性を政府、国際的援助資金供与者に納得させる」ことを指摘しています。

 

 

 欧州では、EU圏内の獣医系大学が協調し、共に獣医学教育の質的向上と発展を目指すためにヨーロッパ獣医系大学協会(EAEVE)を設立しました。EU圏内では、事実上、国を越えて動物性食品などは自由に移動するので、安全性を監視し、品質保証をするための獣医師の教育レベルが同一である必要があります。

 EAEVE認証の特徴は、その目的が①EUの獣医師の技能を高め、EU諸国の畜産物に関するリスクを最小限に抑えること、②EAEVE認証に関しては、EU域内では、学生が認証を受けた大学教育を学修した資格として自由に移動できる点にあります。

 また、EAEVEは政治的権限は持たないこと、特定の獣医学教育の資格認証を与えるものでなく教育資格は各国の権限で行うこと、法的強制力は持たず、卒業した獣医師が公益業務を行なうのを阻害するものではないこと、認証評価は大学が自分の意思で任意に行うものであることを明示してます。

 この点ではEAEVEのコンセプトは排除の理論ではなく、包容力のある体制です。そのため2013年までに97大学(EU域外を含む)が、評価を受けています。

 

 

 EAEVEの教育評価は、伝統的な欧州の産業動物獣医師の養成を基礎に置いているようです。とりわけ、実習や現場での学修を大切にしています。

 この点はカリキュラムのチェックリストにも反映されています。実習と講義の割合、実習数、特に臨床実習数や学外実習の実施状況(学外の総合参加型臨床実習やキャリ・アスキルアップ研修、インターンシップに相当すると思われます)が問われます。

 さらに解剖や病理で使用する動物数(シミュレータでなく本物の動物を用いる実習と動物数)も問われています。

 

 

 家畜生産科目では、家畜繁殖実習ができる教育農場の設置導入教育として家畜や馬を扱えること、動物栄養学などの農業関連科目の教育が評価されます。

 特に臨床系科目では、臨床教員数とサポーティングスタッフ数、全学生が一人でイヌ、もしくはネコの子宮摘出が可能、馬の取り扱い頭数、馬の緊急診療、疝痛治療、ほとんどの卒業生が馬の去勢手術可能など、日本の獣医学教育から見るとかなり違った観点からの評価項目があるように思います。また、全学生がと畜検査実習を経験するのも、日本の現状から見ると、と畜場の衛生管理や安全管理上、極めて難しいと思われます。

 

 

 米国の獣医系大学は州立と私立です。全州にまたがる獣医師会組織(AVMA)が設立されたのは、1892年です(日本では獣医免許規則が1885年に公布され、同年、大日本獣医会が組織されました。また1892年は「獣疫予防法」が制定され、家畜の10種類の疾病が予防法の対象に決められた時です)。当時、米国では各州で不統一であった獣医師資格試験のために統一基準を作成し、各州に提示する必要がありました。この目的でAVMAが発足しました。

 1921年に教育基準リストが作成され、1946年に獣医学教育審議会(AVMA/COE)が設置されました。1950年に獣医師国家試験委員会が設置され、北米(米国、カナダ)の獣医師資格試験の統一基準が設定されました。COEは、北米の獣医学教育基準を決め、教育機関としての資格に関する認証評価を行っていますCOE認証を受けた大学は認証大学となり、卒業生の獣医師資格は北米(米国、カナダ)で有効です。

 

 

 AVMA/COEの教育評価内容は11項目で、特に一般的な教育評価項目と変わりはありません。評価を受ける大学は、①基準項目に記載された基準となる必要条件に関する供述書、②必要条件に関する大学の自己点検で検証した書類(データ集)等を提出し、書類審査と共に査察を受けることになります。評価は、①②と③それぞれの基準に対応した供述書等に基づいてなされます。

 

 

 たとえば、①②③の評価書類の記述例(基準項11 :アウトカム(成果・結果)の評価)は、以下のようになります(スライド参照)。

 ②の自己点検のデータ書類はかなり定量的で、内容の突っ込んだものになります。学生の教育成果の記述では、資格試験の点数、退学率、学生に関係する者の満足度判定、研究成果、臨床的資質能力などのデータになります。

 また、統一試験のための教育基準であること、試験が主に小動物開業医の資質を問う試験であるため、要求される教育も、臨床教育等に重点が置かれているように思います。

 

  第9項目のカリキュラム評価基準としては、以下のように書かれています。

 学生に、動物の健康と疾病の根源的で中心となる生物学的原則と機構を、分子レベルや細胞レベルから個体および集団的事例に至るまで理解させること。学生が正常な機能、恒常性、病態生理、健康/病気の機構、および国内外の重要な動物病の自然史と徴候の理解を得るために、科学的で専門分野に基づいた秩序ある、簡潔な方法で指導を行うこと。広範な動物種に適用可能な内科学と外科学の理論と実践の両方での指導をすること。 

 指導は、原則と実践を含んでいなければならない。例えば、個別動物あるいは動物群に関する物理的診断法あるいは検査室診断法や説明(画像診断、診断病理学および検死を含む)、疾病予防、生物安全、治療介入(手術を含む)、疾患動物管理およびケア(集中治療、救急医療、隔離手順)である。指導者は、指導に当たって結果として適応する医学的判断を下し、問題を解決することの必要性を強調すべきである。また、疫学、人獣共通感染症、食の安全、動物と環境の相互関係、獣医師の公共獣医事および専門の健康管理チームへの寄与に関する原則を指導すること。

 クライアントからどのように情報を得るか(例えば、履歴)および疾患動物(例えば、医療記録)に関する情報の取得方法を学生に学修させる機会を持つこと。情報の保存および検索、およびクライアントおよび同僚と効果的に情報交換するための学習機会を与えること。

 獣医師の職業倫理の理解、獣医療サービスを提供する際の文化の違いによる影響、公衆への獣医専門サービスの提供、個人および事業財務および管理スキルについて、学生が理解できるようなカリキュラムによる学習機会を与えること。獣医学の幅、キャリアーの機会および職業に関するその他の情報を理解する機会を与えること。

 獣医療の多様性とそこに内包される重要な影響、獣医療サービスの提供に対する個体の個別的状況に関連する暗黙の偏見の影響を理解・修得する機会を持つ統合的カリキュラムであること。刻々と変化する社会の期待に照らして、動物の健康と福祉に責任を持って取り組むために必要な知識、技能、価値観、態度、適性および行動を身に着けさせる。

 大学の成績評価システムは、公正で均一な方法ですべての生徒に適用されなければならない。

 

 

 AVMA/COEの評価手順は、通常の教育評価と変わりません。①大学が11項目に対する自己点検報告書を提出。②訪問調査前の審査。③訪問団の任命(チーム・トレーニング、通常7名)。④訪問団による調査、学長等への調査の結論の説明。⑤訪問団はCOEに報告書提出。

⑥COEが認証基準への適合評価の決定・伝達、です。

 

 

 米国の獣医師統一試験のためのAVMA/COEによる獣医学評価基準では、小動物臨床に重点が偏るきらいがあるように思えます。公共獣医事分野やライフサイエンス分野の獣医師の養成への配慮が不足しているようです。そのため、米国では獣医師の新しい人材養成と必要部署への配置体制の整備などが進みだしました。

 具体的には、人獣共通感染症、家畜越境感染症への対策、食の安全保障・食の安全・食の防衛対策、食料貿易拡大への対応、アグロテロやバイオテロへの対策などです。大統領の諮問委員会(総合監査機関、農務省、食品医薬品局等の国家機関などの委員)が基本的戦略を答申し、トップダウンでいくつかの施策が決定され、実行されています。

①獣医師の増員計画です。これまで全国に28獣医系大学が設置されていましたが、約30年ぶりに、新規に3大学を設置することとなりました(既に設置されました)。

②メリーランド州、ポート・デトリックのP4(BSL4)研究所から、新規にカンザス州に大規模な集中的P4(BSL4)施設を建設する(5か年計画)。

③感染症やバイオテロ等の危機管理対応のため、専門獣医師の不足州に獣医師を重点的、計画的に配備する。州予算でなく連邦政府(国家)予算で州に配備する獣医学生に学費支援を行う(3年間の勤務で奨学金の1/4返還免除、6年間の勤務で半額免除)。このプロジェクトは、すでに2011年より実施しています。

 

 

 このように、OIE, EAEVE, AVMAは、それぞれの歴史と背景、特性をもって獣医学教育基準を作成してきました。

 国際政府機関のOIEは、食料安定供給、動物性食品などの貿易自由化のための調整、ヒトと動物の感染症コントロールなどの公共獣医事分野に重点を置くコア・カリキュラムを提示し、獣医学教育の実施状況の評価を進めています。

 EAEVEは、EU域内の獣医学教育格差を標準化するための教育基準を提示し、EU域外にも適応できるように基準の検討をすすめているようです。しかし、基本は欧州の伝統的な産業動物獣医師に重点を置いた基準になっているように思います。馬学を含め、教育評価が獣医師の新い社会的ニーズとやや乖離しており、他の地域では適さないように思います。

 北米の獣医学教育基準は、米国の各州の獣医師資格試験の標準化のために設定してきた経緯もあり、その教育カリキュラムについては、小動物臨床を基本においているようです。国策として新しい獣医大学の設置を認め、また国家予算で公共獣医事分野で活躍する獣医師養成の奨学金を貸与するなどの施策は、米国における獣医学教育基準と評価の見直しが必要なところに来ていることを示唆しています。

 こうした点を考慮して、2017年に日本学術会議第二部、獣医学分科会から新しい獣医学教育基準と評価に関する提言がだされました。

 

 

 提言の概要:日本の獣医学教育体制は欧米に比べ劣っており、課題は依然として据え置かれていること、獣医学教育を取りまく社会的、国際的ニーズに対応する必要があること、そのためグローバルな視点にたって獣医学教育改善を行う必要があることを指摘している。

 

1、社会的ニーズを再認識すること:公共獣医事、医獣連携獣医療、ライフサイエンス研究などの多様な社会ニーズに対応できる国際レベルの獣医学教育体制の整備が必要。

2、社会的ニーズに対応した教育基準:臨床獣医師育成に重きを置く欧米の基準、公共獣医事に重点を置くOIE基準を参照しつつも、急速に拡大する社会ニーズに対応できる日本独自の教育基準を作成する必要がある。

3、アジアの特性と日本の役割:アジアの獣医学教育は欧米と異なる歴史、伝統を有している。また、日本は食料の多くをアジアに依存し、動物感染症の蔓延するアジアに位置している。リスクと課題を共有するアジアを視野に入れた獣医師養成に取り組むべきである。

4、教育評価の仕組み:EAEVE,AVMA,OIEの評価基準を参照し、国際通用性をもち、アジアの実情に合う独自の教育基準作成と教育評価できる人材の育成が必要。

5、実効ある教育改善:獣医系国立大学の共同教育は有効な方法の一つと評価できるが、(統廃合を含め)教育組織体制を整備し教育内容をさらに深化させるべき。他の大学は、自助努力等で教育の組織・体制を整えるべきである。実効ある教育改善は、国立大学、私立、公立大学の全獣医系大学の問題である。

 

 

 

  

 前日本獣医師会長の山根義久先生が、第3回の文部科学省「獣医学教育改善・充実に関する研究調査協力者会議」で、この点に関して貴重な提案をされています。その概要は、以下のようになります。

 獣医師として必要な最低限の基本的知識(コア・カリキュラム教育)、各職域の専門知識(アドバンスト教育)は大学で学修する。全ての獣医学生が、小動物臨床、大動物臨床、公衆衛生、環境問題等をすべて同じ専門レベルで身に着ける必要はない。そのためにはコース別にして深い専門知識を教育するコース(分野)を作る。専門コースで教えなければ、実務と応用能力のある人材は養成できない。4年制から6年制になったが、教育は充実しておらず間延びしただけである。

 具体的には、「4年で基本的な教育を終え、5年では臨床や公衆衛生、6年では産業動物、小動物、公衆衛生、製薬企業の研究者等、職域ごとのエキスパートとなる教育を行う。卒業論文を書き、6年生の1,2月に国家試験の勉強をすればよい」というものです。

 

 

 山根先生の提案と国家戦略特区のミッションを実現化するために、これまでにない新しい獣医学教育のカリキュラムを組んでみました。新しい獣医学部ではクオーター(4半期)制を取り入れ、4年間で一般教養とコア・カリキュラムを終え、5年生から、総合参加型臨床実習、獣医キャリアスキルアップ研修を終えた後、3分野に分かれて、アドバンスト教育(講義、実習)を行います。

 新しい獣医学部は、以下の4つの特徴を持っています。

①獣医師と共に、そのパートナー「獣医関連専門家(VPP)」を養成します。VPPについては、このホームページのVeterinary Paraprofessionalに記載しています。

②獣医師、VPPが活躍する3つの分野を明示しています。

獣医師:創薬等ライフサイエンス/公共獣医事/医獣連携獣医療(臨床)

VPP:実験動物技術者(管理者)/公務員/高度獣医療看護。それぞれの専門家を養成。

③教育と研究を調和させる新しいシステム:教育は継続を重んじ講座制(教授・准教授・講師、助教)/研究は目的型プロジェクト研究。オープンラボの設置。

④国内最大の専任教員数を配置。獣医73名、看護9名、教養5名。

世代間の年齢バランスをとり、研究業績を重視した教員任用をおこないました。

 

 

 アドバンスト科目による教育は、新しい獣医学部の特徴です。

 ライフサイエンス分野では、キャリアー・スキルアップ研修、実習と共に、創薬科学の専門家等を専任教員に配置し、「トランスレーショナル・リサーチ」「創薬科学」「国際ライフサイエンス産業政策論」「病態動物モデル学」など、コアカリキュラムを発展させた専門教育を行います。実験動物を用い基礎研究の成果をヒトの治療に繋げる教育研究を推進します。千葉科学大学薬学部と連携協定を結んでいます。

 

 

 公共獣医事分野では、国際獣医事科目を設定し、キャリアー・スキルアップ研修、実習と共に国内外で対応できる公衆衛生獣医専門家を養成するため、「国際獣医事概論」「国際動物疾病学」「セキュリティ学」「グローバル食品管理科学」「国際動物資源学」「動物危機管理学」「産業動物疾病予防管理学」などの科目を配置しました。

 医獣連携獣医分野では、キャリアー・スキルアップ研修、実習と共に医学部や薬学部で教育経験を積んだ教員を配置し、「抗菌バイオロジー」「トランスレーショナル・ベテリナリーメディシン」「免疫関連疾病学」「チーム獣医療学」「エキゾチックアニマル学」「国際展示動物疾病学」などの科目を配置しました。また、愛媛大学医学部等と連携協定を結びました。

 

 

 教育研究施設としては、各講座室とは独立して、プロジェクト型研究を推進するために、オープンラボを設置しました。教員等が実験・研究のため共同で使うスペースです。動物臨床例からBSL3の病原体が分離された時に対応するため、BSL3の実験室を設置しました。

 獣医学部棟1階には、実験動物センター(約2000平方メートル)を設置しました。齧歯類のクリーン動物、SPF動物、遺伝子改変動物、感染動物飼育区域と中動物の飼育、実験区域、水産養殖の飼育実験区域を有しています。

 

 

 獣医学教育病院3階には国際獣医教育研究センターを設置しました。獣医に関連する国内外の情報を収集、分析、加工し、学内LANを用いて教育研究用に利用できるシステムを整備すると共に、アジアを中心に獣医学教育研究の情報拠点として、ネットワークを構築する予定です。

 実習室は、獣医学部棟に5室設置し、獣医学科・獣医保健看護学科の共用です。90人収容可能です。獣医学科の実習は2クラスに分けて行います。また、獣医学教育病院に3室設置(外科実習、内科実習、動物看護実習)し、大動物については、大動物実習施設を設け、大動物臨床実習室、大動物解剖室、病理解剖室等を置きます。

 獣医学教育病院(4階建て、約3900平方メートル)にはX線CT, MRIや、放射線治療用のリニアックを導入し、教育と共に二次病院としての機能を果たします。

 全講義室、演習室には視聴覚設備、無線LANを設置します。スモールグループ教育のために演習室等に稼働机を置きます。また、ICTを用いた教育を充実するためコンピュータ室を設けています。

 

 

 御清聴ありがとうございました。

妻と作った人形。

娘の修学旅行の写真をもとにしました。

妻と作った人形。

娘の修学旅行の写真をもとにしました。

オリジナルの写真です

 

娘のドイツ時代のカーニバルの写真です。大家さんは子ネズミちゃん「モイスヒェン」といっていました。

下の人形は妻の作品です。

先日、妻の作品が創刊700号記念家庭画報大賞の佳作に入りました。

題「何して遊ぼう」です。

 

妻が、稽古に通い、粘土で作った作品です。昨年、東京フォーラムで、他の生徒さんと一緒に展示されました、「仙人草」

(水やり不要です)。

妻の人形作品です。

ドイツ時代の香代の幼稚園の友達です

ある夏のスナップです。妻の父母、娘、甥たちの集合写真から作りました。