3年生の動物感染症対策論第7回、8回で、今年度は、シラバスにはありませんでしたが、今問題になっているエボラ出血熱について考えてみようと思いました。感染症対策に必要な考え方を理解するための、疫学から、サーベイランス、感染症の基本再生産数(R0)の考え方、エボラ出血熱への応用、そして、現地での対策、輸入感染症としての対応等について講義します。講義は90分づつ2回に分けて行いました。使ったスライドをアップします。
感染症対策を考えるための基本は、疫学調査(epidemiology)です。疫学調査は「①特定の集団における健康に関する状況の分布に関する研究、②それを規定する因子に関する研究(直接的因子、間接的因子)、③健康を制御(持続)するために疫学を応用すること」と定義されています。
また疫学は、そのプロセスから見て「①疾病の流行状況を把握する(サーベイランス)、②流行に関する諸要因を分析する(要因の解析)、③有効な疾病対策を計画・実行する(リスク評価・リスク管理)、④対策の有効性、脆弱性の評価を行う(検証)」と定義されています。実際にはPDCA(plan, do, check, action)を回すことになります。
また、要因の解析といっても、その流行の社会的特徴や流行の拡大の要因、流行病の蔓延に関与している因子(媒介動物、衛生管理、慣習など)、そして流行を起こしている病原体の特性やゲノム解析、初動対応や国際的支援など、様々な要因が関与してきます。
感染症の流行に影響する因子には、自然科学的要因と社会科学的要因があります。通常の因子解析は、自然科学的要因(宿主因子、環境条件・伝播経路、病原体の特性・感染源)などに基づいて行います。これらの要因は、ある程度定量化が可能で、数学モデルとして扱うことが出来ます。
他方、社会科学的要因は数値化することが難しく、定量化解析は困難です。けれども、実際の感染症の流行には因子として大きく寄与します。これらは貧困・飢餓、戦争・内乱、政治・経済状況、教育・宗教等です。そのため、同じ感染症でも新興国や途上国と先進国では、時に流行パターンが大きく異なります。
疫学の元になるサーベイランス(監視)の目的は米国疾病予防管理センター(CDC)の定義によれば、「①疾病の発生状況やその推移などを継続的に監視することにより、②疾病対策の企画・実施・評価に必要なデータを、③系統的に収集、分析、解釈(解析)し、④その疾病の予防と管理に利用する」とされています。
サーベイランスには、いろいろなカテゴリーがあります。その目的に応じて包括的サーベイランス(general surveillance)と標的サーベイランス(targeted surveillance)があります。また、監視の仕方に応じて、能動的サーベイランス(active surveillance)と受動的サーベイランス(passive surveillance)があります。獣医学分野では、最近はリスクベース・サーベイランス(risk based surveillance)や疾病フリーサーベイランス(disease free surveillance)なども行われています。
サーベイランスデータの解析には色々な方法がありますが、基本になるのは感染の基本再生産数(R0:アールノート)を明らかにすることです。一人の患者さんから、次に何人の患者さんに感染するか?という数字です。ヒトでのR0の最大の感染症は麻疹です。平均のR0=15と言われています。家畜感染症では口蹄疫が最高です。R0は平均40といわれています。
R0は通常、病原体の伝播力(感染力:β)と感受性個体の個体数、密度(感染個体と感受性個体の接触頻度:C)と感染期間(患者の病原体排出期間:D)の積となります。
R0=βxCxDです。特に、密な集団や大都会での流行は(Cが大きい)、結果としてDやβを押し上げる可能性があります。流行が小集団で封じ込められたか?大集団を巻き込むか?は、アウトブレイクの結果に大きく影響します。
例題として、隔絶状態での麻疹流行等をアマゾンの原住民で調査した事例と、フェロー島での麻疹流行モデルで見てみましょう。ここでは、フェロー島の例を紹介します。①クジラとりの漁師?が麻疹に罹りフェロー島に到着します。②この小さな島ではたちまち麻疹の流行がはじまります。R0=15で、伝播の期間=20日(ST:
発症者から次の発症者までの期間を20日間)、島の総人口は7800人です。10人の漁師からスタートすると、単純には20日後には150人、40日後には2250人、50日で10,000人で、全島民が感染します。③実際の流行の疫学調査では、ピークは30日後で900人、60日で終息、発症者は25日から45日がほとんどということでした。流行のパターンを2つの三角形で示すとスライドのようになります。6300人の発症で流行が終わります(実際には6100人)。④R0=15
における理論的な非感染者数は、520人です。n=N-N(1-1/R0)=7800-7800x14/15=7800-7280=520人。
⑤65年前にフェロー島で麻疹の流行があり、65歳以上の人は、今回の流行を免れ、誰も発症しなかったといわれています(終生免疫)。このことから、⑤フェロー島の例では、疫学報告から、流行をモデルとして描くと、島の高齢化率(65歳以上)は、実際に感染を免れた1700人のうち、理論的に非感染となる520人を引いて1180人になります。従って65歳以上の比率は、1180÷7800=15%(高齢者人口の割合)という推定も可能です。
R0の重要な点は、1より大きいと感染症は拡大し、1より小さくなると終息するということです。また、感染者の数が2倍になる期間(doubling time: DT)は、DT=Tg/(R0-1)です。Tgは、前の感染者から次の感染者が出るまでの期間です。サーベイランスデータから、感染者が2倍になる期間と、Tgがわかれば、R0を求めることも可能です。
エボラ出血熱ウイルスはマールブルグ病ウイルスと共にフィロウイルス科に属します。マールブルグウイルスは1種類ですが、エボラ出血熱ウイルスは、アフリカに4種類(ザイール株、スーダン株、タイフォレスト(コートジボワール)株、ブンディブヨ株)とアジアに1種類(エボラレストン株)の5種類があります。
エボラ出血熱の特性については、危機管理news2014(エボラ、デング)に載せてあります。以下に概要を再掲します。「今回のエボラ出血熱は、これまでの流行とは異なり、①中央アフリカでなく西アフリカで起こりました(ギニア、シエラレオーネ、リベリア)。ギニアから始まり(3月23日WHO発表)、シエラレオーネ、リベリアと拡大しました。近隣のナイジェリア、セネガルでも少数例ですが、エボラ出血熱が出ています(ナイジェリアは11月中旬、封じ込めに成功したと考え非常事態宣言を解除しました)。②今回の流行は、規模がけた違いに大きい。都市を巻き込んだ流行になっているためと思われます。③医療従事者が巻き込まれるケースが多い(11月2日現在546名以上発症、310名が死亡)。原因として、初めての大流行で、中央アフリカ地域と異なり、医療側がエボラ出血熱に慣れていない、住民のエボラ出血熱に対する知識も低い、ラッサ、黄熱等類似の感染症があり鑑別が難しい、などが考えられます。11月14日現在の発症者が約14,413人、死亡者が5,177人です。国際的な支援が進んでいますが、まだ流行が終息する様子は見られません。
エボラ出血熱は、1976年にスーダンのヌザラとザイール(現コンゴ民主共和国)のエボラ川の近くのヤンプク村での流行が最初です。エボラウイルスは、この川の名前にちなんで名づけられました。マールブルグウイルスが1株なのに対し、エボラウイルスは現在までに5株が分離されています。4株はアフリカ由来でヒトに致命的な感染を起こします。ザイール株、スーダン株、コートジボワール(タイフォレスト)株、ブンディブギョ株です。
エボラウイルスの流行では、野生のチンパンジーが感染し、群れのチンパンジーが絶滅する危惧を持たれたケースや、チンパンジーからヒトに感染したケースなども報告されています。エボラ出血熱は、最初の流行からその規模は比較的大きなものでした。
1976年スーダンでの流行は、284例が感染し、死亡率は53%でした。同年のザイールの流行では318例が感染し、死亡率は88%という高率でした。1994年タイフォレスト株では、チンパンジーが12例感染し、解剖した1人が感染しました。1995年コンゴの流行では315例感染し、死亡率は77%、1996 年のガボンでは91例感染、死亡率70%という状況でした。2000年~2001年のウガンダでは425例感染、224例が死亡、ガボンでは124例感染、69例が死亡しました。その後もほぼ毎年流行が起きています。2007年ウガンダで新種のエボラウイルスによる流行が起きました(ブンディブギョ株)。ウガンダ、ブンディブギョで流行し、37人が死亡しました。2008年の米国疾病予防管理センター(CDC)の発表では、致死率は36%以下で80~90%のザイール株、50~55%のスーダン株より低いこと、既存の株と比べて塩基配列が30%以上も異なるという別の流行株でした。
アジアの1株は、レストン株でサル類に致命的な感染を起こしますが、なぜかヒトでは感染しても発症しません。サル類での流行は、いずれもフィリピンのサル類繁殖施設から輸出されたカニクイザルでみられました。1989年バージニア、レストンでの流行が最初で、1990年にテキサス州のアリス、1992年にイタリアのシエナ、1996年にアリスとフィリピンでカニクイザルの間で流行がみられました。
今回の流行を分析してみると、ヒトでのエボラ出血熱は潜伏期が2日~21日(通常7~10日)と言われています。潜伏期の平均日数のピークは約8.5日位と考えられます。潜伏期間中にはウイルスの排出はありません。発症は突然の高熱(38℃以上)、頭痛、筋肉痛、咽頭痛ではじまり、嘔吐、下痢、胸部痛、吐血、下血となります。症状は発症後6~16日(あるいは7日~14日)続き、死亡するか?回復するか?になります。発症中はウイルス血症となり、唾液、糞便、精液、母乳、涙、鼻血、皮膚の拭い液などにウイルスが排出されます。発症後10日頃が感染のピークとなるでしょう。こう考えると、一人の患者さんから次の患者さんへのウイルスの伝播は、感染後8日~24日、平均的なピークは15 ~18日位でしょう。
これまでの経過を概観すると、2013年ギニアで初発例が見られ、2014年3月にリヨンのパスツール研究所の診断によりエボラ出血熱と判明し、WHOに通報されました。 5月23日から27日にかけて、ギニアのゲケドゥ、マセンタ、コクナリに加えてボッファ、テリメレ、ボケ、ドゥブレカの4地区およびシエラレオネでも臨床例が報告された。6月17日、リベリアのモンロビアでもエボラで7名が死亡と報告。7月27日、リベリアは自ら国境封鎖。7月31日シエラレオネ、8月6日はリベリアが非常事態宣言。8月8日ナイジェリアは国家非常事態を宣言(11月中旬解除)。8月13日ギニアは公衆衛生上の非常事態宣言。
8月28日WHOは最終感染者は2万人に拡大する恐れがると警告。8月29日セネガルでエボラ患者確認。9月18日国連安保理が緊急会合を開き、エボラ出血熱について公衆衛生に関する決議を行った。9月22日WHOは流行を止める劇的な抑制策がなければ11月までに感染者は2万人に拡大すると警告。9月23日CDCは適切な対処がなければ2015年1月中旬には感染者は55万人~140万人に拡大?すると警告。公式発表では11月14日現在、発症者数は14,413人、死亡者が5,177人です。
これまで報告されているエボラ出血熱の大量発生国(ギニア、リベリア、シエラレオネ)について、患者数の推移を追ってみます。平均潜伏期9日、平均的ウイルス排出期間11日間位とし、これから、平均ウイルス伝播日数(一人の患者さんから次の患者さんへウイルスを伝播するに要する平均日数)を約15日と考えます。発症者はウイルスを伝播して死亡するか?ウイルスを伝播したのち回復するか?のどちらかですから、R0は前回の新規患者数と次回(約15日後)の新規患者数の比率になります。グラフに示したように、R0は、初期は患者数が少ないのでバラツキますが、高くて4、低くて0.5位で、8月以後はやや安定して1.0から2.0の間を推移しています。このグラフから、エボラ出血熱の西アフリカでのR0は1~2くらいです。先進国の介入があってもR0は劇的には下がっていません。従って、まだ終息には時間がかかるようです。
前述の患者数が2倍になる時間をみると、西アフリカではほぼ1か月で2倍になっています。DT=Tg/(R0-1)の式に30=15 or 18/(R0-1)を入れてみるとR0=1.5~1.6になります。ヒトの感染症で麻疹の15, 風疹、おたふくかぜの6~7、インフルエンザの3~4に比べれば、低い値です。どのような対策で早くR0を1以下にするかが問われています。
エボラウイルスに対するワクチン、抗ウイルス薬、抗体の利用に関しては、以下の開発が行われています。米陸軍感染症研究所(USAMRIID)が、ウイルスの糖蛋白、M蛋白、N蛋白遺伝子を発現させ、混合コンポーネントワクチンを開発中(動物実験段階)。他に、カナダ、英国からワクチン候補の開発、臨床試験の予定が発表されています。またカナダの企業はL蛋白遺伝子発現を干渉するiRNAを開発中(臨床試験再開)です。
ZMAPPという米国企業とUSAMRIIDの共同開発による、ウイルス糖蛋白に対するヒト型キメラ単クローン混合抗体(3種抗体)は、2名の感染者に投与されました。USAMRIIDは企業と合同で、RNA合成酵素阻害薬(核酸アナログ)も開発中です。
日本で開発された抗インフルエンザRNA合成酵素阻害薬アビガン錠(ファビピラビル)も抗エボラウイルス薬として臨床治験が始まりました。構造式を示して置きます。
以下のスライドは第8回目の講義に使用したものです。エボラ出血熱のリスク評価とリスク管理について、その考え方を説明しました。最初のスライド群は、前回の振り返りです。重要なポイントのみ、概要としてまとめました。
①感染症拡大の要因には、自然科学的側面と社会科学的側面があること、②ヒトのエボラ出血熱では平均潜伏期が8~9日、潜伏期中はウイルスは、排出しない。発症後にウイルスを排出すること(平均10~11日間)、回復か死亡の転機をとる。③R0(感染の再生産率)は1.5~1.6位であること等です。
しかし、感染症の制圧は基本的には政治問題であり、経済問題でもあります。決して自然科学だけで解決できる問題ではありません。貧困と飢餓、戦争やテロが続く限り、国際的な公衆衛生レベルの向上は望めません。各国・地域の文化の違い、国民性の違いや生活・習慣の違いなど多様性を認めたうえで、グローバルな感染症統御のための方策や体制を構築していくという国際協調路線が感染症制圧への道筋と思われます。
先進国のメディアは、今回の西アフリカのエボラ出血熱が先進国に侵入するリスクが出てきたとき、明日にも先進国が西アフリカにおけるアウトブレイクの二の舞になるかのように報道します。確かに自然科学的な感染症の拡大ルール(R0=βx C x D)に従えば、先進国も途上国も同じか、人口密度の高い先進国の方がリスクは高いということになります。しかし、そうはなりません。何故でしょう?繰り返しになりますが、感染症の拡大要因には、自然科学的側面と社会科学的側面があるということです。例として、西アフリカの感染症拡大のリスク因子と、先進国におけるリスク因子を比較し、両者のリスクレベルを比較してみました。
西アフリカのエボラ出血熱患者数の拡大傾向にある、ギニア、リベリア、シエラレオネのこれまでの対応と経緯をまとめてみました。また、封じ込めに成功したナイジェリアについても、その対応を比較してみました。国内で2次感染のあった米国とスペインについても経緯をまとめてみました。
西アフリカ3か国(ギニア、リベリア、シエラレオネ)では大規模なアウトべレイクが起こり、政府の対応や国際支援に対する末端の反応が混乱しているようです。国際的な支援・介入も、まだ有効な成果を得られる段階ではなく、2014 年11月の時点では、終息の目途は立っていません。
他方、国内での2次感染(それ以上)を起こしながら感染を終息させた国にはナイジェリアがあります。初発例が首都ラゴス(人口2100万人)でのリベリアからの発症者の入国という最悪シナリオでした(7月20日)。しかし、contact tracing法で、約900明を追跡調査し、初発例を含め20名感染で8名死亡となりましたが、10月20日、WHOから終息宣言が出されました。その後のエボラ出血熱患者は出ていません。封じ込めに成功したといえます。
さらに、スペインでは、シエラレオネでの感染者が帰国した後、看護師1名が2次感染しましたが回復しました。米国ではリベリアからの感染者の帰国後、看護師2名が2次感染しましたが、回復しました。両国とも、その後の感染拡大は見られず、西アフリカとは異なる流行様式となりました。
エボラ出血熱流行のリスク評価を試みました。西アフリカの感染症拡大のリスク因子と、先進国におけるリスク因子を比較し、定量的及び定性的なリスクレベルを求めました。総合評価は、それぞれの重要リスク因子(重要因子分析)を5段階で示し、プロットしてみました。
エボラ出血熱の流行のリスク因子のうち、自然科学的因子は、両者(西アフリカ3か国と先進国)でほとんど差がありませんが、社会科学的因子のリスクレベルには、西アフリカと先進国では、大きな差があり、これが、先進国では、アウトブレイクにならない理由と思われます。
自然科学的因子は、エボラウイルスの感染力、人口密度、ウイルスの排出期間で、途上国も先進国も変わりません。しかし、社会的な3要素、革命・内乱等の政治的不安定性、経済力(国民生産性)、教育・文化レベルおよび宗教の差は、西アフリカと先進国では歴然としています。
例えば、西アフリカでは、ウイルス伝播は体液による飛沫感染(一般に空気感染より低いが、経口感染より高いやや高い)で3.5点、人口密度(人/km2 )はリベリア 30人 、ギニア 38人、シエラレオネ 86人で世界のトップ国から見ると、その順位は80~130位、中間レベルで2.5点、ウイルス排出期間は平均11日(ウイルスとしては1~2W)と平均的で2.5点となります。他方、社会的因子は、政治は長期内戦や難民を抱え不安定、5点、経済力は(GDP/人)リベリア480、ギニア560、シエラレオネ805ドルで低く、トップ国から見ると順位は160~180位で高リスク4.5点、土着宗教、教育レベル・情報網整備が低く、高リスク5点になります。
エボラ患者が出た、米国、スペイン、仮想として日本を置くと、体液による飛沫感染は先進国も西アフリカも同じで3.5点、人口密度は米国33人、スペイン85人、日本337人で、米国スペインは人口密度の順位から見ると 80~130 位で2.5点、日本はトップ 20位で5点、ウイルス排出期間は2.5点です。政治はいずれも比較的安定でリスクは1点、経済力は米国53000、スペイン29000、日本38000ドルでいずれも世界トップ10~30位でリスク1点、宗教はキリスト教、仏教、教育・情報網は十分確立されており、リスクは1.0ということになります。
総合評価は、それぞれの主要なリスク因子を5段階で示し、プロットしてみました。面積比では、西アフリカと先進国では、大きな差があり、これが、西アフリカでは感染症が拡大し、先進国ではアウトブレイクにならない理由と思われます。
病原体の取扱い、及び感染症患者さんのケアの際に必要な、バイオセーフティーの考え方と感染症法の疾病分類、病原体のバイオセーフティレベル(BSL)、及び物理的封じ込めレベル(P1~P4)について説明しました。実験室での病原体取扱いは、3年生の動物危機管理学概論第7回「動物実験と危機管理(事故と災害時の対応)」に詳しく述べてあります。
エボラ出血熱が含まれる、1類感染症の患者さんを隔離する特定感染症指定医療機関と第1種感染症指定医療機関の国内の分布、エボラ患者さんの移送とケア、ケアの際のPPE(個人用感染防護具)等について、簡単に紹介しました。2014年11月25日付の朝日新聞に、指定医療機関のない県を順次、解消していくという方針が書かれていました。
さらにエボラ出血熱対応の新しいフローチャートが厚生労働省から2014年10月24日付で出されています。8月7日、10月3日付のものは、廃止になりました。原図はPDFで出されています。複雑なので要点だけチャートにまとめました。
我が国でのエボラ出血熱を想定した危機管理をまとめて見ると、最後のスライドのようになります。
①リスク評価:エボラ出血熱が侵入しても、西アフリカのようなアウトブレイクは起こらない。しかし、侵入する可能性はあるので、侵入した時のクライシス管理シナリオの作成は必須。
②リスク管理(リスク回避のための施策):流行国への支援を通じて、できるだけ早期に流行終息を目指す。リスク源の統御が最も重要。流行国の情報の収集、分析、国民への公表・周知。一般旅行者の流行国への渡航制限(不必要な流行国への渡航の禁止)。エボラ出血熱検疫フロー、検疫後のフローの徹底・訓練など。上記シナリオ以外の侵入経路の検討(例、バイオテロ?)。
③クライシス管理:エボラ出血熱検疫フロー、検疫後フローによる患者の早期検出。クライシス情報の公表。エボラ出血熱検疫フロー、検疫後フローの実施。積極的疫学調査とcontact tracingの実施。バイオセイフティーと封じ込め手法の徹底。必要に応じてP4ラボの運営(あらかじめ合意を得ておく)。患者の有効治療(対症療法+抗ウイルス薬、インターフェロン、抗血清療法?)、死亡した場合の対応など。
2018年、コンゴ共和国における9回目のエボラウイルスの流行が始まりました。政情の不安、反政府勢力地域での流行のため、政府や国際機関の支援が有効に働いていないようにも見えます。流行は、なかなか終焉せず、1年を経過し、WHOは2019年7月「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC:Public Health Emergency of International Concern)」を宣言しました。コンゴでは、これまでに1800人が死亡しています。情報が混乱しているようにも見えるので、もう一度2018年からのコンゴにおける流行を振り返り、その概要をまとめてみようと思いました。
2018年4月~6月
1、コンゴ民主共和国(Democratic Republic of the Congo: DRC)政府は、5月8日、赤道(Equateur)州の町ビコロ(Bikoro) でエボラウイルスEbola virus病(EVD:エボラ出血熱)の新たな発生を宣言しました。この宣言は、検査の結果、2例のエボラウイルス病を確認した後で行われました(コンゴでのエボラ出血滅の流行は9回目)。
2、2018年4月4日から5月15日までに、23人の死亡者を含む合計44人のエボラウイルス病(EVD)患者が赤道州(Equateur Province)にある3つの保健地帯(ビコロ、イボコ、ワンガタ)から報告されました。確定例3人、可能性の高い例20、疑い例21人です。
3、世界保健機関(WHO)によると、2018年4月から6月までの間に、エボラ出血熱を疑う症例が60例報告され、このうち37例がエボラ出血熱と確定し、27人が死亡しました。 5月中旬以後には、最初の流行地域から130キロ離れた州都ムバンダカ(人口約100万人)でも感染がはじまりました。
4、この間の対応は、国境なき医師団、コンゴ赤十字社、国際赤十字赤による、ビコロとイボコにおいて安全な埋葬支援、コンゴ公衆衛生省は支援組織と協力してサーベイランスを強化、WHOは 7540回分のrVSV-ZEBOV(組換え水疱性口炎ウイルス-ザイールエボラウイルス)エボラワクチンを発送しました。