久しぶりにこの項目に新しい情報を加えます。千葉科学大学から岡山理科大学の今治キャンパス獣医学部長として赴任しました。獣医学部にはディプロマの異なる、しかし関連する2つの学科があります。獣医師(DVM)を育てる獣医学科(定員140人)と獣医関連専門家(国際命名:VPP)を育てる獣医保健看護学科です。
獣医保健看護学科の先生方を中心に、各自の得意分野のお話と、獣医関連専門家とは何かを知ってもらい、どの様な活躍ができるか、どんな教育を受けるかなどを紹介するため、中四国の高校に出張講義をしようと考えました。以下に、紹介パンフを示します。以前に比べれば、ずいぶん高校生目線になったと思います。
高校での講義は、長野県の飯田高校や新宿の戸山高校でやった記憶がありますが、その後はほとんどが市民講座や省庁の専門家の研修会、大学や企業主催のフォーラムなどでした。
今度、佐久平総合技術高校で久しぶりの出張講義です(2016年5月)。2年生と3年生に、それぞれ「動物由来感染症って何?」、「動物危機管理とは?」という話をします。連休中に資料を作りました。1コマが1時間50分という長い話なので、途中で飽きないで聞いてもらうにはどうしたらよいか?悩んでいます。
感染症の原因は病原性を持つ微生物の感染によるものです(起承転結)。ところで微生物とは何でしょう?微生物は目に見えない極小の生き物群です。いつ人は見えない微生物の存在に気が付いたのでしょうか?16世紀末にオランダの眼鏡師のザハリヤス・ヤンセンとその父、ハンス・ヤンセンによって顕微鏡が開発されました。そして「微生物の父」と言われるレーウェンフックが17世紀後半に、いろいろな細菌や原虫、精子などのスケッチを残しています。
さらに200年後、微生物が空気中から生まれるものでないことを「白鳥の首フラスコ」で証明したのがルイ・パスツールでした。また、感染症の原因が細菌によるものであることを明らかにしたのがコッホです。19世紀後半にドイツのロベルト・コッホがコッホの4原則(3原則ともいわれる)を確立し、感染症と原因となる細菌の関係を明確に示しました。コッホの原則は今でも、新しい感染症が出現するたびに用いられています。
それでは微生物はいつ頃現れたのでしょうか?
太陽や地球ができたのは約46億年前と言われています。最初の生命体は約37~40億年前に出現した嫌気性の独立栄養菌群で真正細菌群の祖先と思われます。その後古細菌群と分かれ、嫌気性の光合成菌が出現し、シアノバクテリア(葉緑体の祖先)が酸素を合成し、大気中の酸素濃度が上昇し、従属栄養性の好気性細菌群が繁栄しました。地球上の生命史 40億年の約半分(20億年)は細菌群の世界です。
20億年くらい前に、真核生物が出現し動物群はミトコンドリア(αプロテオ菌が祖先)を植物群は葉緑体(シアノバクテリアが祖先)を保有しました。単細胞の真核生物の代表は動物では原生動物(原生動物のうち自由生活でなく、宿主に感染して病原性を示すものが原虫です)、植物系では藻類になります。この間、約10億年は単細胞の真核生物が最も高等な生き物でした。
10億年前に単純な多細胞生物群が出現します。寄生虫は退行性進化を遂げた多細胞生物ですが、初期の多細胞生物群と似た形態を示します。5~6億年前のカンブリア紀の後に高等多細胞生物が出現し、やがて脊椎動物が魚類、両生類、爬虫類、鳥類、哺乳類と進化してきました。感染症の病原体は初期の地球に生まれた生命体群で、宿主は最後に出現した家畜やヒトということになります。従って、その間には様々な種類の感染症があります。
例えば、動物や植物に感染するウイルスのほかに、真菌に感染するウイルス(ハイボウイルス)、原虫に感染するウイルス(トリコモナスウイルス)、細菌に感染するウイルス(バクテリオファージ)、ウイルスに感染するウイルス(スプートニクウイルス)まで、感染症は生物相互作用として広く存在します。当然動植物に感染する寄生虫、真菌、原虫、細菌もいますし、寄生虫に感染する真菌、原虫、細菌なども存在します。
佐久平高校では使いませんでしたが、「論より証拠」、「百聞は一見に如かず」と言いますから、下に「ウイルスに感染するウイルス」から、細菌、原生動物(アメーバ)、原生植物(藻類)、真菌、植物、昆虫、魚類、両性類に感染するウイルス」まで、1例ずつ挙げておきます。高病原性鳥インフルエンザや口蹄疫、エボラ出血熱など家畜・家禽やヒトのウイルス感染症はピンときますが、実際、ウイルスはどのような生き物も宿主として増殖します。その意味では感染症は、どのような生き物にも存在するのです。
閑話休題:このスライドも出張講義にはなかったのですが、病原体からみた人獣共通感染症の講義をしている間に思いついたものです。これまで食物連鎖は下等生物を高等生物が捕食していくというチェーンで描かれており、そのように教えてきました(可視化できる食物連鎖)。最近はもう少し複雑化して食物連鎖から食物網として描かれています。
しかし、ウイルス、細菌、真菌、原虫、寄生虫からみた人獣共通感染症を教える中で、感染症から食物連鎖をみたらどのようになるか考えてみました。そうするとこれまでの常識とは全く反対の食物連鎖関係が見られます。ヒトを含め、動物や植物に感染・寄生する生物が原始生命体群である病原微生物です。しかし寄生虫や真菌にはさらに原始生命体の細菌や古細菌が感染、寄生します。細菌にはウイルスが感染し、またウイルスにはウイルスが感染するといった具合です(可視化できない食物連鎖)。しかし、ウイルスは生きた細胞がなければ死滅します。死滅したウイルスは核酸や蛋白質などいろいろな有機物となって、次の循環に組み込まれます。ちょうど食料・環境循環の中で考えた図とほぼ同じ構図です。
地球の資源(食料を含めて)が循環していくのは、身に見えない微生物の働きが大きいのです。水も土壌も空気も多くの微生物(細菌群など)の働きにより、循環しています。この上に植物や動物があり、ヒトの食料があります。そして残渣は再び微生物によって還元されます。頂点のウイルスは細胞が死んだときには自身も死んで、核酸と蛋白と糖を残します。さらに分解されれば、窒素、リン酸、カリ、炭素、水素、酸素・・・となり再利用される?
こうなると、感染症は一種の資源循環であるとも言えます。
ヒトの感染症(起承転結)。地球の生命史24時間中2分に満たない人類の生命史ですが、ここの部分を拡大して考えてみましょう。かつて人類は猿人、原人、旧人、新人と一直線に進化してきたと考えられていました。しかし、実際には、沢山の枝分かれがあり、原生人類まで20種類以上の人類の系統が滅んできたと考えられています。
人類初期の感染症は持続感染する病原体(ハンセン病、結核等)、ヒト以外を宿主とする 病原体(マラリア、住血吸虫症)によるものであったと考えられます。先史人類では小集団の移動による狩猟採取生活のため、土着の寄生虫感染(例えば回虫症など)は比較的少なく、土壌菌による野生動物由来感染症(炭疽、ボツリヌス症)が主なものであったと思われます。
人類の感染症が大きく変わったのは、約1万年前に農耕が始まったことによります。種をまいて収穫する生活により定住化、人口増加と集団規模の拡大、野生動物の家畜化、穀物の増産と備蓄による齧歯類の繁殖などで、①野生動物・家畜由来の感染症の人間社会への侵入、②齧歯類由来の感染症、③齧歯類に寄生するダニやノミなどを介した感染症がヒトの社会に侵入しました。こうして多くの感染症が人類社会に侵入・定着を始めました。その後、これらの感染症はヒトからヒトに感染する人類の感染症になりました。
人獣共通感染症は「人と動物の共通感染症」あるいは「動物由来感染症」、「人畜共通伝染病」、「ズーノーシス(Zoonosis)」などと、いろいろな名称で呼ばれます。しかし、その中身は全く同じです。厚生労働省は人の立場から「動物由来感染症」といいます。獣医師会は人と動物に配慮して「人と動物の共通感染症、あるいは単に共通感染症」といいます。農林水産省は伝統的に「人畜共通伝染病」といい、学問的には「人獣共通感染症」と呼ばれています。
伝染病予防法を改め感染症法を制定して以来、厚生労働省は感染症という言葉を用いますが、病原体の感染によって起こる病気が感染症(infectious disease)という広い意味を持つのに対し、伝染病(contagious disease)は感染症の中でも伝搬力が強く、容易に大流行を起こしやすいものをいいます。伝染病予防法が人から人に感染する流行病の対策を示した法律であったのに対し、感染症法は動物からヒトに感染する病気も含むこと、予防を主とし、伝染病であれ伝染性の強くない感染症であれ、患者さんの人権や保護に配慮する対策には変わりないという法の精神が感染症という言葉にこめられていると思います。感染症法の正式名称は「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」です。
人獣共通感染症の対策には医学と獣医学の連携が必要です。この点は細胞病理学の父と言われるドイツの病理学者であるルドルフ・ウイルヒョウ(1821-1902)により指摘されました。人獣共通感染症や動物由来感染症などと呼ばれる感染症のもととなる言葉は、ズーノーシス(zoonosis)です。彼はズーノーシス(Zoo:動物、Nosos:病気、直訳すれば動物由来感染症)という言葉を作り出し、医学と獣医学の連携に努力しました。
1960年代には、獣医疫学の創設者と言われるカリフォルニア大学獣医学部のカルビン・シュワーベ教授が、人獣共通感染症に関して、獣医学と医学が一緒になって対応する必要性をあらためて指摘し、One Medicineという概念を提唱しました。人も動物の一種であり医学はひとつという新しい概念です。
人獣共通感染症に関しては、1959年、国連の世界保健機関(WHO)と食糧農業機関(FAO)の合同専門家会議で、はじめて「脊椎動物から人に感染する病気、あるいは人と脊椎動物に共通する感染症」と定義されました。
動物別に人獣共通感染症を見ると、野生動物に由来する感染症が最も多く、感染症の分類でもエボラ出血熱やラッサ熱、ペストなどの1類感染症、SARSのような2類感染症、3類感染症の細菌性赤痢、多くの4類感染症と全てのカテゴリーの感染症が含まれています。家畜や節足動物媒介の感染症にも重要な人獣共通感染症があります。他方、ペット由来の感染症は種類も少なく、深刻な感染症はそれほどありません。海外では狂犬病が大きな問題です。
ここで少し話題を変えましょう(起承転結)。病原体の大きさは種類によって違います。寄生虫は線虫、吸虫、条虫と3つのカテゴリーがあります。条虫(サナダムシ)のグループには1㎝くらいのエキノコックスから数メートル(10m級のものもある)サナダムシがいます。
細菌は1μm~数μmで、約十万分の一から百万分の1メートルの大きさです。グラム染色の陽性・陰性(細胞壁の厚さ)や形(球菌、桿菌、螺旋菌、その他)によって大きく分けられます。通常の光学顕微鏡で見られます。
一番小さなウイルスは数十ナノメートルから数百ナノメートルで、平均的には一千万分の1メートルの大きさで、電子顕微鏡でないと見えません。
ウイルスの大きさは電子顕微鏡や小さな穴の開いたミリポア(小さな穴という意味)フィルターの濾過性で分かります。また、培養細胞に感染させて、死んだ細胞の作る斑点(プラーク)で、その数を知ることができます。
インフルエンザウイルスの大きさは10-7m(100nm)です。子供の大きさは1mとすると1千万倍違います。地球の大きさは、直径1万3千Km で子供の千3百万倍です。子供に感染するウイルスは、人をのせ地球に接近する飛行カプセルです。インフルエンザウイルスの気道への侵入は大気圏突入に、細胞の受容体への結合は軟着陸による地球へのランディングに、外殻を脱ぎゲノムの注入は、飛行カプセルからの回収に相当します。遺伝子の複製と発病は、人類の地上での繁栄と環境破壊かもしれません。
くしゃみによるインフルエンザウイルスの飛沫感染では、1~2m前後で地上に落ちる前に、ヒトに感染する必要があります。1回のクシャミで、108のウイルスが含まれる1mlのツバが飛び出すとすると、2m先の人に感染する場合、ウイルスからみた距離は2x107個の距離、ヒトでは2万kmとなり、北極から南極までの距離になります。1億人が、素手で北極から出発すると、南極までたどり着けるのは何人か、マスクのような遮蔽物(ヒマラヤ山脈の様なもの?)があるとほとんどたどりつくのは無理!ということです。ウイルスだって感染するのは楽ではないということです。
20世紀末に定義された新興感染症のほとんどは動物に由来する感染症です(起承転結)。なぜ20世紀後半に、人類史において野生動物の家畜化以来の感染症爆発が起きたのでしょうか?その理由として、以下の4つが挙げられています。
1つは、開発途上国の熱帯、熱帯雨林開発です。いまや地球上の熱帯雨林は、世界のわずか5~6%を占める範囲に減少していますが、それでも熱帯および熱帯雨林の生物種は、全世界の生物種175万種の50~90%を占めると考えられています。また、地球上で唯一、億5千万年前からの生物多様性が残っているといわれています。熱帯雨林開発は、未知の野生動物がもっている病原体と人類が接触することを意味します、エボラ出血熱、マールブルグ病、サル痘などはこの例です。
第2は、自然開発が進み、農業の生産性が向上することです。穀類生産の向上は悪いことではありませんが、それに伴い齧歯類の繁殖が盛んになり、生態系が乱れ、野生の齧歯類が季節により人家に侵入する機会が増加します。その結果、野生齧歯類が保有している病原体が流行することになります。ボリビア出血熱、アルゼンチン出血熱などの南米出血熱やアフリカのラッサ熱などがこの例です。
第3は、生産性の向上に伴う途上国の急速な都市化・人口集中と貧弱なインフラ整備による公衆衛生の劣化です。森林でサル類と蚊の間で循環していた感染症が都市に定着し、ヒト―蚊―ヒトという循環となり、熱帯、亜熱帯地域で爆発的な流行を起こしています。黄熱、デング熱、デング出血熱、チクングニア熱などがこの例です。地球温暖化の影響を受けて、これらの感染症は温帯地域をも巻き込み始めています。
第4は、航空機輸送によるヒトと動物の短時間の移動による感染拡大です。先進国では、一般に「輸入感染症」と呼びますが、途上国で感染し、潜伏期間中に先進国に持ち込むという感染症です。ラッサ熱、エボラ出血熱、マールブルグ病、SARSあるいは、ごく最近の韓国のMERSなどがこの例になります。MERSの自然宿主はまだ確定していませんが、コウモリとラクダが候補になっています。
長崎大学熱帯医学研究所の山本太郎先生が提案されている農耕時代の感染症爆発と20世紀後半の感染症爆発の類似性を指摘しておきたいと思います。農耕時代の野生動物の家畜化、穀物生産増加、人口増加が引き起こした感染症爆発は、20世紀後半の熱帯林、熱帯雨林開発による野生動物との接触機会の増加、穀物生産の向上、インフラの乏しい都市化と人口集中による感染症爆発と奇妙なほど類似しています。
「One World、One Health」:2004年9月29日、ヒト、家畜、野生動物の間で起こる感染症の統御についてのシンポジウムが、ニューヨーク・マンハッタンのロックフェラー大学で開催されました。国連の組織であるWHO、FAOをはじめ、アメリカのCDC(米国疾病管理予防センター)、USGS(米国地質研究所)、カナダのCCWHC(共同野生動物健康センター)、コンゴ共和国のデ・サンテ・パブリック国立研究所、世界銀行、主催者の野生動物保護協会など、多分野の機関が参加しています。
この場で「One World、One Health」(1つの世界、1つの健康)という「マンハッタン原則」を象徴的に表すメッセージが打ち出され、人獣共通感染症の予防、まん延の防止、生態系の保全のために、それぞれの国際機関が分野を超えて協力しあう「12の行動計画」に結実しました。
「One Health」はヒト、家畜、野生動物の健康は1つという考え方で、医学と獣医学等が連携する必要性をのべています。これに対して「One World」には、ヒトと家畜と野生動物の健康、われわれすべてを支える基盤となる生物多様性の保全には、水や土壌、空気など環境そのものも含めた健康(健全性)が大切だという考え方が盛り込まれています。そして、結語として、「問題の解決には、昨日までのアプローチではだめだ」「政府機関・個人・専門家・各分野の壁を乗り越えるしか方法はない」と踏み込んでいます。
人類は感染症のコントロールのために ①生体防御機構を利用して感染症を予防する方法が開発されました。ジェンナーの種痘、パスツールの弱毒生ワクチン、そして20世紀に入って様々なワクチンが開発されました。また、②感染後の治療法もウイルスでは抗ウイルス薬、インターフェロン、γグロブリン療法などができていますし、細菌には沢山の種類の抗生物質が、また抗真菌薬、抗原虫薬があります。寄生虫には、条虫、吸虫、線虫の駆虫薬が開発されています。③さらに、様々な滅菌・消毒法も開発され、利用されています。
90分の講義で疲れたでしょうから、ここで少し休憩しましょう。頭を整理してください。
「動物危機管理学」の紹介に関するスライドです。1回で動物危機管理学という新しい学問を説明することは非常に難しいことです。うまく説明できたか心配です。学生さんたちの反応をみながら、順次内容を改訂していきたいと思っています。
「動物危機管理学」とは?と問われても明確な答えはありません。この分野には、先行する学問体系も教科書もありません。千葉科学大学に日本で最初の危機管理学部ができ、そこに日本で唯一の「動物危機管理学科」ができ、そこで「動物危機管理学」を教えることになりました。この学問は、千葉科学大学に来て私が作った学問です!
動物危機管理学は、動物とヒトの絆(human animal bond, 人と動物の共存・共生)を危機管理という視点から、学び、考えていく学問です。各カテゴリーの動物(伴侶動物、産業動物、野生動物、実験動物など)との関係・絆をどのように維持していくか?を考えます。
真ん中に地球を描いたのは、危機管理の根底に「One World, One Health, 一つの世界、一つの健康」というコンセプト(2004年、NY・マンハッタン原則)があるからです。ヒト・家畜・野生動物の健康は一つに繋がっている。ヒトは清浄な水、空気、土壌と動植物の生態系サービスという一つの世界に生かされているというコンセプトです。
危機は社会科学系、自然科学系のどの学問分野にも存在します。しかし、単独の分野で危機管理を完結できる問題は極めてすくなく、ほとんどの重要な問題はいくつかの学問分野にわたって起きています。
また危機は、いつも突然出現するようにみえますが、実際多くのものは平常時にも進行しています。エネルギー危機、食糧問題、地球温暖化、環境汚染、生物資源の枯渇、生物多様性の維持など、考えて見るといずれも現在進行形の危機です。うまくリスク回避できなければ、やがて破綻しクライシス(破滅的危機)になってしまいます。
危機管理の対象の基準はどのようになっているのでしょうか?判別は前例があるかないかという定性的な分類です。これまでに前例のないもの(天の崩落、UFOの侵略など)は対象外です。しかし、小惑星の衝突や大震災のように、極めて稀な事例でも前例のあるものは対象になります。想定外ではありません。対象となる危機(前例のある危機)に対する管理は、その事象の起こりやすさと規模・重要性・社会的影響などにより対応レベルが違います。また、危機管理は3つのステップからなっています。①リスク管理、②クライシス管理、と③レジリアンスです。
3つのステップは、危機の質的な違いはあっても、危機管理には共通性があります。このことを理解する必要があります。第1ステップのリスク管理は、危機の起こる前の対応です。科学的リスク評価と評価に基づくリスク管理で、通常予防原則が適応されます。食品安全のリスク分析はこれに対応します。
第2ステップはクライシス管理で、リスク回避策をとったとしても、ある頻度では突破されクライシスが起こります。クライシスを想定し、シナリオ(規模の異なる災害を想定した複数シナリオ)、シナリオに基づく訓練、検証、修正が必要です。基本は減災、事業の継続性、早期復旧体制の確保(司令塔、稼動できるヒト・物のリスト、情報の収集・分析、発信基地など)になります。
第3ステップは、レジリアンスです。復興・復旧でもとに戻す。失敗学に基づき、より強靭な状況にする。反省学に基づき撤退するなどの選択肢があります。
危機とその対応の原則が理解できたと思います。ここで一息ついて、その後、動物危機管理の主題に入りましょう。まず、動物とヒトの関係について考えてみましょう。ヒトと動物の関係といっても一様ではありません。身近な動物をカテゴリーに分けてみると、伴侶動物(ヒトの代替で心の安寧や癒しをもらいます)、産業動物(野生動物を家畜化し、動物蛋白源として乳や卵、肉を利用する)、実験動物(疾病予防、医薬品開発、治療法開発、安全性試験、生命科学研究などに利用)、野生動物(動物園動物、自由に生きる野山の自由生活動物)などがあります。
個々のカテゴリーの動物の危機について考えてみましょう。
伴侶動物ではイヌ、ネコがそれぞれ約1千万頭弱飼育されていますが、捨て猫、捨て犬の問題があります。約15万頭の犬、猫が捨てられ、10万頭が里親に引き取られ、5万頭が処分されます。またエキゾチックペットと言われる輸入動物がもたらす感染症や野生化しエイリアン動物(外来動物)として在来種を駆逐したり、交雑種をうむ問題があります。災害時のペット同行避難も種々の問題を抱えています。
家畜では、飼料や畜産品の自給率の低下、家畜とヒトの穀物の奪い合い、堆肥による土壌や河川、湖沼の富栄養化、抗生物質使用による耐性菌問題などがあります。
実験動物は福祉の問題が最も重要な課題です。3R(削減、代替、洗練)の精神の順守のほかに、実験の正当性、適正性、透明性、公開性など倫理の在り方も問題となっています。また研究成果のデュアルユーズの問題も生じています。
野生動物では絶滅危惧種の保全問題と野生動物(イノシシ、シカ、サルなど)による農作物被害の問題があります。また野生動物肉による感染症や食中毒も問題です。アフリカではブッシュミート(野生動物肉食)による動物由来感染症と絶滅危惧種の野生動物(ゴリラ、チンパンジーなど)の減少が一緒に起きています。
一方、動物園では野生動物の展示だけでなく、絶滅危惧種の生息域外飼育、繁殖を行い、繁殖個体の自然復帰を試みており、絶滅危惧種のリスク管理拠点としての役割を果たしています。現在、動物園は公的に「生息域外保全機関」として位置付けられています。
野生動物の別の問題は、農作物被害を起こす有害鳥獣です。毎年200億円から250億円の被害が出ています。農家への被害補償は税金から農水省経由でなされています。野生動物を保護しつつ農作物被害を減らすという難しい問題です。動物危機管理の主要な課題です。
①ヒトと野生動物、農家と野生動物の住み分け(電気柵など)、②野生動物捕獲と間引きによる調整(ニッチ、隙間ができるとその空隙を埋めて繁殖するので、なかなか個体数は減りません、一網打尽に減らすとコロニーは滅んでしまいます)、③不妊処置など繁殖率の低減など、いろいろな方法を組み合わせて共存する道を探る必要があります。
野生動物の生態、行動などのわかる専門家を各県や市町村において、地域にあった戦略を考える必要があります。動物危機管理の専門家が必要です。
ヒトと動物の関係、動物を巡る危機的課題を一応理解したところで、動物危機管理学の説明をします。X軸は動物の範疇(5つのカテゴリー)で、①伴侶動物(ペット)、②産業動物(家畜、家禽、養殖魚)、③展示動物(動物園動物)、④実験動物、⑤野生動物となります。Y軸は危機の種類(4種類の危機)で、①平時に進行している危機(環境汚染、地球温暖化など・・・)、突発的に起こる危機としては②人為的なもの(事故、テロなど)、③自然災害(地震、津波、台風、火山の噴火など)、④パンデミックな流行病、新興感染症・・・など、大きく4つに区分されます。そして、Z軸は危機管理のステップ(3段階)で、①リスク評価と管理、②クライシス対応、③レジリアンスなので、XYZは5x4x3で60コマになります。これを15回の授業で教えるのが、私の「動物危機管理学概論」です。
難しかったでしょう。大学で一緒に学修しましょう。